皆様のおかげをもちまして、『魔導具師ダリヤはうつむかない』連載5周年を突破!
Twitterからお越しいただいた方限定、甘岸久弥先生書き下ろしのスペシャルショートストーリーを公開!
ぜひお楽しみください。
『五年後の約束』
「五年間、お世話になり、ありがとうございました」
魔物討伐部隊棟の廊下で、一人の文官が一礼する。
魔導具に関する打ち合わせを終えたダリヤは、ヴォルフやグリゼルダ副隊長と共に、会議室を出たところだった。
「こちらこそお世話になりました。ここを離れられるのは残念ですが、領地でもご活躍ください」
「今まで何かとありがとうございました」
グリゼルダとヴォルフが、丁寧な言葉を返す。
文官はその場にいた者達にも挨拶を重ね、夕暮れの廊下を過ぎていく。その背中は少しだけ寂しげに見えた。
「隊の事務方面には大打撃ですが、彼ならば、きっといい当主になるでしょう」
彼は子爵家の次男で魔物討伐部隊の事務として務めていた。だが、次期当主予定の兄が婿入りすることになり、次期当主の勉強をするため、領地へ戻ることになった――グリゼルダがそう教えてくれた。
領地経営も大変な仕事である。
ダリヤは先ほどの文官と話したことはなかったが、今後の活躍を内で祈った。
・・・・・・・
その後、ダリヤはヴォルフに送られ、緑の塔へ帰ることとなった。
馬車に揺られながら、ふと、先ほどの文官の言葉を思い出す。
五年間――それが長いか短いかは、人によって違うのだろう。
五年前のダリヤは高等学院生。魔導具科で魔導具や素材について学び、実習と付与練習をくり返していた。いずれ、父の元で一人前の魔導具師として働いていく、そんな未来を当たり前のように考えながら。
それが今は、王城騎士団魔物討伐部隊の相談役魔導具師で、ロセッティ商会の商会長。
夢見ることすらなかった立場にいる。何もかもが予想外だ。
「ダリヤ、何か気になることでもある?」
考え込んでいたつもりはないのだが、ヴォルフは心配してくれたらしい。その金の目が、じっと自分を見つめていた。
「いえ、先ほどの方が五年間、魔物討伐部隊の方にいらしたと伺ったので、五年前の自分は学生だったなって、思い出していたんです」
「そうか。五年前だと――俺はもう魔物討伐部隊に入っていたな」
「私が学生の頃には、ヴォルフはもう一人前の騎士だったんですね」
ヴォルフが自分より年上であることを改めて認識していると、彼は渋い表情となった。
「いや、作戦とか戦い方がわからなくて、討伐でよく迷ってた。前に出すぎる、連携が取れていないって先輩方によく注意されていたし」
「私はエリルキア語の綴りと発音で、先生に注意を受けていましたね……」
高等学院を卒業して、エリルキア語とは縁が切れたとほっとした。だが、数年後の現在、書店でエリルキアの珍しい魔導具の本を入手し、理解に苦労している。
勉強や知識というものは、どこでどうつながるかわからないものだ。
少しばかり遠い目になっていると、ヴォルフが言葉を続けた。
「あの頃は、遠征食がおいしくなくて、馬車の幌(ほろ)やテントに防水の蝋(ろう)を塗るのがとても大変だった。ダリヤのおかげで、今は本当に良くなったよ」
遠征用コンロや防水布は、魔物討伐部隊員の役に立っているようだ。
開発者としてはとてもうれしい。ダリヤは彼へ笑顔を向けた。
「五年後は、もっと遠征で便利に使える魔導具が増えるよう、頑張りますね」
「よろしくお願いします、魔物討伐部隊相談役殿」
ヴォルフに役職で呼ばれると、ちょっと落ち着かない。
「ええと――五年後には、ヴォルフのもっといい魔剣もできていると思うので!」
どこかへ這っていくとか、たらたら水が出るだけとか、なぜか矢になってしまったとかではなく、彼が魔物との戦いで有利に戦える剣を作りたい。
これまででも一応の進歩は見られているのだ、五年あれば可能なはずだ、たぶん。いや、きっと。
「とても楽しみにしてる。五年後には、どんな魔剣ができているだろう……」
ヴォルフは夢と憧れを金の目に宿し、想像の海に浸り始めた。
ダリヤは彼をそっと眺めた後、自分も魔剣制作について考える。
今より自分の魔力をもう一つ上げて、もっと効率のいい魔法回路を引けるように勉強して、ミスリルの剣と高級素材を使用、魔法を何度も重ね掛けで付与できるように、できればさらなる機能を追加し――理想はどんどん高くなる。
もしかすると、五年では足りないかもしれない。
「五年後には、ダリヤは大きな龍も一撃で倒せるような魔剣を作っているかもしれないね」
「え、大きい龍ですか? それはちょっと……何十年かかるか……」
いや、そもそもそれは魔剣で倒せるものなのか? その前にそんな龍が出てきてほしくはないが――ぐるぐると思考を巡らすダリヤの前、黒髪の騎士はいい笑顔で言った。
「何年でも、あなたの魔剣をずっと楽しみにお待ちしております、魔導具師殿」
当たり前のように五年後、そしてその先について語り合いながら、互いの距離が変わることは考えない。
その理由を二人が思い知るのは、まだ少し先の話である。
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